ストレスは万病の元

足がよくなりつつあったころ、耳の異変を感じ、
低音障害性難聴を発症しました。
それが長引いて、蝸牛型メニエールという診断名がつきました。

「急性低音障害型難聴」と「蝸牛型メニエール」の違い

メニエール病という病名が有名人や芸能人などでも
休養する原因になったりする知名度のある病気なので
え?メニエール病って、めまいとかがして大変な病でしょ?と言われますが

低音障害型難聴蝸牛型メニエール
ブリハマチみたいな感じ、
症状はだいたい同じです。

リンパ液(水分)が内耳たまることで聞こえが悪くなり、
そのたまる場所が蝸牛というカタツムリ型の器官の中だと聞こえの悪化だけで
前庭という器官に溜まってしまうとめまいが起きると考えられているそうです

急性低音障害型難聴は過去にも患ったことがあり、
その時は1〜2週間で症状がよくなったので、
今回、こんなに長く何ヶ月も患うとは思いもしませんでした。

症状や回った病院などについては、少しずつ書いていきますが
今日は原因の一つと考えられているストレスについて。

ストレスは人によって様々だと思います。
Aさんにとってはストレスでも、Bさんにとってはストレスではない。

私にとっては、ヒマなことがストレスだと思います。
過去に二度患ったことがありますが
どちらもホッとしている時でした。
忙しい時には症状は出ていない。

ある程度忙しい方が性に合っているんだと思います。

耳のことで、病院を都合5件周りましたが
最初のお医者さんは「できるだけストレスのない生活を心がけて」「リラックスして」
他の先生も「ストレスは無いに越した事はない」
現代でストレスが皆無ってそれも難しい。

最後に出会ったお医者さんに
「ストレスは万病の元くらいに思って」と言われ、やっと少し安堵することができました。
ストレスを無くそう無くそうと思うこともストレスだからということです。

最後に患ったのが10年前でしたが
10年前と何が違うのか
・仕事が違う(何度か転職している)
・車の運転をしていない
・タバコをやめた
・加齢
・頚椎ヘルニア

今更、またタバコをすうのも時代錯誤ですし、
加齢は如何ともし難い
頚椎ヘルニアも前に発症した10年くらい前には、ジワリと根はあって徐々に悪くなったと思われます。(診断されていなかっただけかもしれません)

メニエールを診断された時にしていた仕事が、、
みなさんとても良い方で、人に恵まれていたのですが
そもそもの仕事の内容が私には合わなかった。

その最後に出会ったお医者さんの話を聞くうち、
仕事が合わないんだなということを
決定的に認識しました。

「一杯のかけそば」

その時就いていた職場は、仕事のボリュームがとても少ないところでした。
一人でもどうかという仕事の量を何人かで分け合う
「一杯のかけそば」みたいだな、、、と感じました。
手持ち無沙汰な時間が多くていたく辛く、だんだんストレスになったと思います。

みんながスニーカーを履いている中に長靴を履いているような気持ちもしました

例えば、通勤電車の中で、他のみんながスニーカーでいるのに、自分達だけが長靴でいたら、それはストレスだと思います。

「長靴」に感じたことの一例は
その会社にいた期間、私の置かれていた私と同じ職務の人は
一度もメールを送信することがありませんでした。

受信はほぼ毎日あって
メールって、最低限「受け取りました」的な返信をするものだと思っていたので
ひどく驚き、違和感がありました。
ペーパーレスの時代に、伝言はすべてプリントか手書きメモ。

電話もかかってくることはあっても、内線すらこちらから自発的にかけることは無かったと思います。いるかいないか確認するくらいの内線を、私はかけていましたが、、それすら珍しがられていたと思います。

いろんな会社にいろんなやり方があると思います。

良い人で人に恵まれていてありがたいのはかけがえのないことです。
だけれど
他の会社でいままでスニーカーで軽快に走り回って働いてきたのに
ここでは長靴をはいた子どものようにもたもたと、もどかしく思えました。

周囲の人には「仕事が楽で良いね」と言われました。

でも、仕事が楽と暇は違うと思いました。

加えていうと
やっぱり女って喋っていないとダメなのかなと思います。
メールやメッセージツールだけではなく、実際の会話って大事です。

会話って頭を使うことだと思いますし、
女の人が平均的に長生きなのも、伴侶などの家族を失くしても、話し相手がちゃんといたりすることも一因かなと思います。

一方通行もあり得るメールなどであっても
遠方の相手など、主なやりとりがメールだけの仕事相手っていたりします。
ご本人に初めてお会いした時のギャップなども楽しかったりします。それはやはり、返信にいつも労いの言葉をお互い掛け合ったりを繰り返して情が重なったりするからであって、
本当に一方的に、送って終わり。受け取って終わり。それはコミュニケーション以前のことだったと思いました。

それでも、社会に出て初めての職場がそういったところで、仕事のメールってこういった一方的なものとしか経験がなければ、それはまだ良いのかもしれません。

メールは返信をするもので、電話は要件があればかけたり、かかってきて取ったり、規模はどうあれプレゼン的なことをしたり、関係ない部署の同僚と通勤途中に会って世間話しながら駅まで一緒に歩いたり、上の人に文句言ったり、

私にとっての仕事の日常ってそういうことも含めてだったので、
「今日は」、電話が一本も無かったとか、駅で誰とも会わなかったとか、週に一日そういう日があったではなく
毎日、誰とも話さず、こちらからリアクションすることもなく、わずかな与えられた職務だけを分け合ってやっていた。

 

私にとっては無理だったように思います。

 

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